アマガエルの大合笑

更新速度:ポルシェよりはるかに遅い ぴろよによるお笑いブログ ライブ多め

結局「2」ばかりの話

前書き~柄にもなく「伝え方」

上野千鶴子の東大祝辞、結構話題になっていましたよね。

これ⇒原文

おー!以外に語るべき感想は持たなかったのですが以下のような感想を見てイヤな気分になりました。イヤなら見なければいいじゃんと自分を責めつつ、そのイヤな感想の類を追い続け、さらにイヤな気分になり、自分の周りの人ってどう考えているんだろうと最近になって時折会話に出したりしています。THEちょっと遅い。

さて私を嫌な気分にさせた感想は以下2点(の類)。

 

「私はそんな弱い女性でもないのでこういう(フェミニズム的な)趣旨のスピーチはピンと来ない」
「あの祝辞は論理的ではないのでクソ(と言いつつ自分が論理的であることをアピール)」

 

こういった感想に殊更ひっかかってしまうのは最近特に「伝え方」についてよく考えるからです・・・・とこのまま感情のままに書き続けると単に前置きとしたい文章が長くなります。実際めちゃくちゃ長くなった下書きがあるんですもの。これじゃいけない、と思い切って次の2文で前置きを終わりにします。

 

私は、自分の読解力を棚に上げるだけならまだしも、微妙に論点をずらして自分の能力を誇示せずには(さらにそのために周りの人をなんとかして貶めずに)いられない人が本当に大嫌いです。

ただこういう人々が実際に存在するので「伝え方」には殊更神経を細かく使っていきたいけど、受け手でいる時は正しく(←これ大事)ざっくり概要をつかめればいいやと強く思うのです。*1

 

レア本2冊


お笑いブログだこのブログ。戻りますもどります。

・普段そこまでたくさん読まない芸人(が作者の)本

・普段ほとんど読んだことがない家事・育児本

 

私の読書傾向からは非常にレアなんですが、上記条件を2つとも満たす本を2週間弱で2冊手に取り、読んでみたら『あああこの「伝え方」!!!!』って目が覚める思いをしたので感想を書きたいと思います。

 

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左下の本

パパになった旦那よ、ママの本音を聞け!

 

■文面全体から怒りがほぼ感じられない

■妻側にほぼ負担を強いらない

 

逆の本というか文章や言説ならよく見かけます。怒り狂ってたり、妻がしっかりすれば、言い方ややり方を変えれば夫がどうにかなる・・・みたいな。

 

あと最近気付いたことで自分でもハッとしたことがあります。怒りって、様々な立場の人に「そこに問題がある」と認識させることに関してそこそこ有効な伝達手段らしいのはなんとなく肌感でわかります。ただその問題から目を逸らしたい人・興味がない人に思いを正確に伝える手段ではないんだな、って断定しちゃって意外としっくりきました。

 

だからって受け手が「そんなに怒ってちゃ聞く気が削がれる」「おーこわ!」とか言っちゃうのは完全に無粋で、あくまでも伝えたい側がそれに気付くことが大事かと。でも怒ってる側ってそりゃもう怒りのタンクが満タンになるまで我慢して我慢して怒っちゃってるのでコントロールも難しいんですよね。どうすりゃいいのよ、本当に。

 

 夫が育児に関して他人事

 と言って嘆き怒り疲れていた友人たちを見て実際私もめちゃくちゃ怒っていたことを思い出してました。

 

そういう前提ありきでのこの本です。

 

野々村友紀子さんと言えば、元漫才師・今作家、ちょっと注目された時に後輩芸人と結婚しテレビで夫の相方に「目から血出して毎日面白いこと考えろ!」と怒りキャラを炸裂させていたのが記憶に新しいです。

 

でも本文では全然怒ってないんです。穏やかなお姉さん。強いるでも説教するでもない、けどしっかりと語りかけているのが野々村さん。んで、ざっくり言うといいパパ2人、イマイチパパ1人、ダメパパ1人のパパ芸人と野々村さんが対談してるページで、初めて作者の夫修士さん(二丁拳銃)が結構いいパパだっていうことがわかるっていうのもすんなり読めたアレだったな。

夫を過剰に持ち上げることもなければ(感謝はあったけど)、夫が元々いいパパだったのか、じょじょにいいパパになっていったのかそれは妻である筆者の教育のたまものなのか・・・そういうの一切ないんです。すご!好き。

 

独身の私がなぜこの本を手に取ったか。

私の友人がこの本を(妻からそっとプレゼントされて)読んで「自分は15点くらいの父親だと思ってたけど2点だったわ」と反省していたんです。この人、大袈裟に言うならモラハラ夫気味で周りから見ていてもハラハラしてたのに、そんな言葉が彼の口から出るなんて。

試しに読んでみるか、野々村さんだし修士の嫁だし・・・ってな流れです。

 

「本当にモテたいならこの本だと思う」と結婚(とモテ)を熱望している男友達にこの本あげしました。「うっ、ここつかれるとイタイ」とか言いながら、ちゃんと読んでましたね。

 

説教か夫自慢か妻自身の教育自慢か、怒り。

そんなんばっかだと思ってた育児本の概念が覆って、さらにそこに「伝える」のヒントまで散りばめられていたびっくり本ですね、これ。

 

右上の本

ザ・ギース尾関の「娘の絵を完コピ! 」 おえかきキャラ弁

尾関 高文、 もぐ美

 

■同じものを作ってみようって多分思わない写真満載の弁当本

■どう思って撮ったかも物語になる

 

私、インスタに代表される写真投稿がすごく苦手なんです。

面白いでもかわいいでもいいんですけどどうも「シャレたもん撮りたい」って思っちゃうともう全然撮れないんですね。光とか彩度とか調節して、調節したらどうなるのかわかってる人なんて多分同じ人間じゃなくて写真モンスターかなんかと思ってるくらい撮るコンプレックスがすごいです。

 

そしたらね、美味しそうとかキレイとかって感想がなかなか出て来づらいキャラ弁が堂々と表紙を飾ってるこの本が目に入ってきたんです。

よく見ると「娘の絵を完コピ」って書いてあるじゃないですか。

「うううう・・・美味しそうじゃないとも言いづらい・・・なんてズルい仕組み」と真っ先に思う性格のよろしくない私。

もちろんギースと言えば天才コント師という最上級のイメージを持ちつつも
その1人である尾関さんがあまりよろしくない性格で、といじられがちなところとか
芸人のやることだから弁当でもおもしろに走ってるんでしょ?

と、斜めすぎる視線で一瞥をくれた表紙から何故か目を離せずやっぱり手にとってしまいました。

 

そしたらね

なんでお絵かきキャラ弁を作りだしたのか、それぞれのキャラ弁にこめられたストーリー、娘の好きなおかずは何か、に心がグラグラゆれはじめ、簡単に作れたり冷凍食品だったりにも頼りまくってたり、尾関さんの趣味(動物)に偏りまくって気持ち悪かったり・・・と格好つけたいだけだったら見せなくていい一面もサービスされたら、なんかね、ああ、好き。

んでね、「パパ」が弁当作ってるんだぞ!みたいなのもなく 尾関さんはごく普通の流れで、最初は彩りも組み合わせもダメダメでなんて経験も通過しながら(失敗にもめげず)なんとなくお弁当作り続けてます。

 

キャラ弁&写真っていう私からしてみたら日常とはかけ離れた「所業」により、意外にも尾崎家のよくある毎日を垣間見れた感じです。

 

「カエルけっろ」の弁当エピソードに涙しそうになった頃、表紙に生意気な一瞥をくれていた私はもうすっかりなりをひそめ、尾関さんが娘を愛するその思いに本当に単純に胸を打たれまくっていました。

 

これ、手作り料理写真でよく見かける反応の「作れないけど見てるだけで幸せ」みたいなの全く狙ってないけど「なんかちょっと子供の弁当作ってみるかな」って気持ちにさせる感じがすごくします。この本に関しては周りのパパでまだ実験してないのでわからないけどね、やっぱりすごくするんです。


私はね、キャラ弁を作ってみようとは思いませんでした。作る場面が思い当たらない。
でも写真撮る時って見映えよく撮るのも大事だけど、それで私みたいに抵抗持っちゃうんだったら、なんでその写真撮りたいのかって衝動で撮っちゃうの楽しそうってそんなこと考えてました。

この本はあげないでまだそっと開くんだと思うのよね。

 

 あんたもすごい

アマゾンちらっと覗く限り、この2冊まだそんなに話題になってないんですかね。
激烈おススメというよりは 私が結構大きな衝撃をひっそり受けてるのもったいないなと思って吐き出した感じですからね。ほんとよかったらどうぞ。

 

場合によっては自己顕示欲*2とせめぎ合わなければならない「伝える」という世界の技術を
多分自己顕示欲なしではやっていけないお笑いの世界に身を置く人達にものすごくたくさん教われた2冊でした。

 

これ作者さんもそうですけど、きっと二人三脚でやってきたであろう、編集者さん。こんな素晴らしく伝わってくる本が出来上がったのは編集者さんのお陰も多分にあったのではないかと思います。

作者さんも編集者さんも、この本読んで面白いと思った皆さんも、あんたらみんなすごいよ。

*1:やったー!本当に終わったー!って書かずにいられないくらい何度も書いては消し書いては消し をしてました

*2:正確な伝達を邪魔する欲求だと思いません?